円覚寺は開山
大覚禅師蘭渓道隆(1213〜1278)、開基 藤原道信(生没年未詳)、勧請開基
北条時頼(1227〜1263)によって建立された寺院である。
蘭渓禅師は、中国から渡来した僧で、鎌倉中期の寛元四年(1246)、三十三歳の時に、中国(当時、南宋)に留学していた泉涌寺の日本人僧、月翁智鏡(真言宗の僧。日本に律を伝えたと言われている)との縁で、弟子義翁紹仁らとともに日本に本格的な禅を布教する為に来日した。
禅師は来日当初太宰府に行き、そこで鎮西奉行で太宰府府学堂の音博士も兼ねていた藤原道信と出会う。道信はもともと天台宗の信者であったが、蘭渓禅師と出会った後は,禅師に参禅帰依し臨済宗へと改宗した。後に剃髪して道如上座と呼ばれるようになる。道信(或いは、道信没後、その一族)は、別荘を博多千磐浜(矢倉門、現在の祇園町付近)にあった円覚堂の敷地内に移し、それを禅寺とした。
建立時期は、蘭渓禅師が来日した寛元四年(1246)から、鎌倉に移ることになる宝治二年(1248)の間と考えられる。
以上が円覚寺の興りである。円覚寺は千磐浜にあったが、天正十四年(1586)に喪失した後、寛永十三年(1636)現在地の博多御供所町に移転し再建され、安国山聖福寺の搭頭の一つとなった。
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